投稿

110. 仁淀川のほとりで機を織る

イメージ
  令和7年7月7日とゾロ目日だった今年の七夕。 みなさん、何かお願いごとしましたか? 機織りが気になる 七夕の織姫さまといえば、機織りをしています。 恩返しをする鶴も、主に気に入られてしまい淵に落ちて帰ってこない娘さんたちも、ときには山姥も、みんな機で布をを織っています。 そして、たとえばお葬式から帰って喪負けをしないためとか、何かから身を守るおまじないに機織りの道具が使われたりもしていたらしいです。 伝説におまじない・・・身近な仕事でありながら、なにか神聖な感じがするんですよね。

109. シュクジさま、うつぼ舟にて現れる

イメージ
  うつぼ舟漂着譚 うつぼ舟、聞きなれないけど気になる響きじゃないですか? 広辞苑によると、大木の中をくり抜いて作った舟なのだそう。 うつろ舟、うつお舟ともいうそうです。 そのうつぼ舟で流れ着いた高貴なお人が、のちに神として祀られるという伝説が日本各地に残っています。 茨城に漂着したうつぼ舟はUFOだったのではと、最近ニュースになってましたね。 高知空港から少し東に位置する赤岡町。 ここに、うつぼ舟漂着伝説があるのです。 赤岡町といえば、グロい血みどろな芝居絵を描いた江戸末期の絵師・金蔵の絵を、夏の夜にロウソクの灯りで観る『絵金祭り』や、浜辺で日本酒をアホのように飲む(失礼)『どろめ祭り』などがある、ユニークな町です。 で、赤岡町のうつぼ舟伝説の舞台は、美宜子(みきこ)神社というお宮。 赤岡町の中心地より少し西の地区にあります。

108. 偉大なる祟り神に会いに行く 〜平将門公編〜

イメージ
  日本三大祟り神 なかなかインパクトのある言葉です。 なんでもすぐ『三大◯◯』とベスト3を決定したがる日本人。 祟り神までもがその対象になるなんて。 というわけで、三大祟り神。 崇徳天皇と菅原道真公、そして平将門公といわれています。 香川県では、崇徳天皇陵にお邪魔しました。 →コチラ 道真公のエピソードが残る高知県宿毛市にも行ってみました。 →コチラ 残る平将門さんのゆかりの地は、関東が主。 先日、東京に行ったついでに訪ねてきましたよ。 将門塚を訪ねる 高知では、平将門さんはあまり馴染みがないように思います。 平といえば、平家のイメージですかね。 前にとさみみの皆と『日本一の祟り神は誰なのか』を話したときに、他からは出なかった平将門さんを推したのは、東京育ちのメンバーだったのを思い出しました。 なるほど関東周辺での存在感は絶大なのだなと思ったことでした。 平将門さんといえば、『将門塚』と呼ばれる首塚が有名です。 ビジネス街である千代田区大手町のビルの一角にあります。 30年ほど前、「ここはマジでやばい」という噂を聞いてノコノコ見に行ったことがありました。 なにがやばいか。 そのころはまだフィルムカメラの時代だったのですが、首塚を撮ろうとするとシャッターが下りないだとか、現像したら真っ黒で何も写ってなかったとか。 首塚を何度か移動させようとしたけれど、その度に障りがあって無理だったとか。 戦後、GHQ(第二次世界大戦で敗戦国となった日本にやってきたアメリカなどの連合軍)が首塚を壊そうとしたら工事中に事故があり死者が出たなどなど。 当時、本や雑誌で読んだのであろう都市伝説の数々。 しかもうろ覚え。 まあ、そんなこんなでオフィスビルの中に薄暗く取り残されていた首塚に、ノコノコ行ってみたわけです。 そしてもちろん、びびって写真は撮れなかったわけであります。 そして30年ぶりの訪問。 首塚はとてもきれいに整備され、都会の違和感みたいな雰囲気ではなくなっていました。 今まで6回もの整備工事が行われてきたのだそうです。 カメラもフィルムからデジタルに変わり、ビビらずに写すことができましたよ。

107. お大師さんと三躰の薬師如来

イメージ
  弘法大師さま登場 前回は 『残酷舌鼻物語』 として、馬路村の七人ミサキをご紹介しました。 「ベライケさま」「ハナジョーリさま」の近くにあり、目印にさせてもらった金林寺(こんりんじ)。 このお寺にも伝説がありました。 みんな大好き弘法大師さま(←個人の感想です)の登場です!

106. 残酷鼻舌物語
 〈馬路の七人ミサキ〉

イメージ
  馬路村の七人ミサキ うららかな春の一日、馬路村に行ってみました。 馬路村の特産品は柚子。 柚子ドリンク“ごっくん馬路村”と、柚子ポン酢“ゆずの村”が美味しくて有名です。 町おこしが大成功している村なのです。 そんな馬路村での目的は、七人ミサキ。 またかよ、とか思いました?そう、またですよ~ 工場見学でいただいた“ごっくん馬路村”を飲みながら探索です! 見学させてもらった柚子の森加工場の西側に、金林寺(こんりんじ)というお寺があります。 どうやらお目当ての祠は、この付近にあるようです。 マップには載ってないので、ウロウロしてみます。 金林寺 今回の七人ミサキは 400年ほど前、長宗我部元親公が台頭してきたころの戦国時代の話なのだそうです。 そのころの馬路には、馬路若狭守さんとその父龍王守さんという豪族がおったそうな。 お隣の安田を治めていたのは、安田三河守さん。 戦国の世ですからいろいろありまして、安田方が隠密を送り込んだのですが、馬路方に捕らえられてしまいます。 七人はベラ(舌)を切り取られて殺され、一人は鼻をそがれて安田に送り返されたのだそうです。 おお痛い痛い。 その後、この土地にいろいろ不思議なことが起こるので、殺した七人の霊を弔って、七人ミサキと呼んで祀るようになったということです。 ベライケさま というわけで、金林寺の南側の坂を少し登ると「ベライケさま」を発見。 先ほどの話で、切り取ったベラ(舌)だけを埋めて祀ったといわれています。 このベライケさまを祀ってから、祠のあるところを残して周囲が陥没して池になったといわれているそうです。 現在はコンクリートで固められています。 イボのできたときにお願をかけると治るのだとか。 お願ほどきには、川魚を池に放してあげる風があるそう。 金魚が泳いでいて、ほのぼのした景色です。 ベライケさま それとは別に、室戸の金剛頂寺に人間に悪さをする蛇体がいたという話もあります。 弘法大師さまによって封じ込められて、金林寺の住職によってここに迎えられた、という説もあるそうですよ。 金林寺は、弘法大師さまのゆかりのお寺なのです。 ハナジョーリさま 「ベライケさま」からもう少しうろついていると、祠がいくつかありました。 もうひとつのお目当て「ハナジ...

105. 元祖とか本家とか
 〈天石門別安國玉主天神社〉

イメージ
  元祖か、本家か         時々、人気のお店などで勃発するこの問題。 消費者にとっては、そっちより美味しさの方が重要なのですが。 計り知れないそれぞれの事情があるのでしょう。 神社にも「どちらなのか?」問題があったりします。 高知でいえば、天石門別安國玉主天神社(あまのいはとわけのやすくにたまぬし かみのやしろ)。 越知町の黒瀬に1社、その下流のいの町神谷(こうのたに)に1社あります。 決して元祖と本家の争いではないのですが、翻弄されてしまった歴史がありまして。 どちらも地元の方に親しまれている、古い神社であることは間違いありません。 むしろ、それゆえに振り回された感があります。

104. 初雷と、節分のお豆

イメージ
  気がつくと4月! 「1月は往ぬる、2月は逃げる、3月は去る」というように、本当にあっという間。 最近の1月は、なじみのない「往ぬる」より「行く」に変わってきているのでしょうか? そんな3月の末に、雷が鳴った日がありました。 この時期に雷が鳴ると思い出す話があるのです。 雷が鳴ると思い出す話 高知市の土佐山地区では、節分の豆を神棚に祀っておいて初めて雷が鳴った日に食べる、という風習を残しているお家があるそうです。 知り合いの家には小さなお子さんがいて、お豆を食べるのを楽しみにしていたとのこと。 その年の初雷は、なぜか午後2時くらいに一回こっきりゴロゴロと鳴って収まりました。 のどQはちょうど静かな場所にいて、「雷イヤやな」と思ったので覚えてました。 でも、忙しい大人は聞き逃してしまうレベルのもの。 しかし、そこはお豆を楽しみにしているお子さんのこと。 はっきりと聞いてました。 家に帰って、お母さんに報告。 豆を食べる気まんまんです。 なのにお母さんの耳には雷の音は届いておらず。 「お豆が食べたいきってウソはいかん」 なんて言われてしまいましたとさ。 残念。 もうお豆を喜ぶ年齢でもなくなったかもしれないけど、初雷を聞くと「あの子は今日お豆を食べるのかな」と微笑ましい気持ちになるのです。 鬼の目 この風習、もう少し難易度の高いものもあるらしいのです。 UFO事件でおなじみの介良(けら)あたりの話とのこと。 その年の節分に煎った大豆を『鬼の目』と呼ぶのだそうです。 毎年最初に雷が鳴った瞬間、真昼であろうが真夜中であろうが、時間をとわずいつでも鬼の目を家族一同で一粒づつ食べるのだそう。 その時家族の誰かが不在の時は、その分だけ残しておくのだそうです。 昔は更にこの鬼の目を大神宮に祭り戴いたとのことであるから、なかなかに厳粛。 この鬼の目を食べておけば雷に打たれないということらしいです。 ずいぶん昔の本に載っている話ですが、現在も守っているお家があるのかもしれませんね。 雷の迷信 高知県の西部を「幡多(はた)」と呼びますが、『幡多郡誌』に雷の迷信がいくつか載っていました。 「雷は神である」 雷神・風神の絵、思い浮かびます。 「雷は雷獣と称するテンのごとき動物である」 意外にかわいいなあ。ピカ...