88. 草履の呪力を知ってるかい?

 

本来の役目を果たしながら、魔除け・厄除け・厄払い・厄落としにもなるアイテム。

あらゆる災いを近づないためのおまじないに使われてきたもの。

それが     



草履  草履  草履  草履・・・・・



そう、草履(ぞうり)です。

昔のことを調べていると、おまじないなどにやたらと草履が出てくるんです。

ちなみに、草履とはワラやいぐさで作られたビーチサンダル型の履き物です。

草鞋(わらじ)と間違えがちなのですが、ヒモでしっかり固定できる方が草鞋ですね。

きっと草履の方が日常的に履かれていたのでしょう。




今回は、そんな草履のおまじないをいくつか紹介します。




気をつけて見ていると、道端に竹に付けたお札が立てられていることがあります。

これは『道切り』とか『辻切り』といい、村や町の境から魔や疫病などの災いが入ってこないようにというおまじないの習俗です。

高知では少ないですが、道の上にしめ縄が張られていることもあります。

その『道切り』に草履や草鞋が使われていることがあるんです。

木にぶら下げられていたり、置かれていたり。


津野町の「金剛バッコ」


草履を使った『道切り』の中で、高知で有名なのが津野町の「金剛バッコ」と呼ばれるものです。

しかもここには道の上のしめ縄もあり、『道切り』を存分に堪能できます。


道の上のしめ縄と金剛バッコ


「金剛バッコ」は、津野町宮谷地区にあります。

なんじゃこりゃ、という大きさです。

いつの時代に始まったか定かじゃないそうですが、言い伝えによりますとその昔に疫病が流行し、多くの地区民が死亡したので魔除けとして作り始めたのだそうです。

「金剛バッコ」は半分ほどしか作られてなく、完成していません。

『この地区には金剛バッコを履く大男がいるぞ。

やっと半分ほどができたが、まだどれだけ大きくなるかわからんぞ。

悪病神が入って来たら踏み潰すぞ。』

ということらしいです。



金剛バッコを作り終えると百万遍の念仏を行い、地区の入り口にしめ縄と金剛バッコを飾りつけるのだそうです。

金剛バッコの下に吊しているわらすぼ(藁束)の中からご飯と煮しめ等を取り出して、みんなが分け合い頂くことで無病息災に過ごせると伝えられて来たそう。

この大きさの草履を作るのはなかなか大変そうですが、大切に伝えられているのですね。


高知県宿毛市と愛媛県愛南町の境で見つけた草履


草履を使ったおまじない、次は節分です。

宿毛市では厄年に当たる人が、節分の夜に四ツ辻まで行き、自分の歳の数の豆と履いてきた草履を置いて、後ろを振り向かず帰ってくる、という風習があります。

現在は草履が少ないので、靴の方もいると思われます。

節分の次の日は、脱ぎ捨てられた靴を見つけることもあるそうですよ。

履いてきたものを脱ぐので、帰るための靴を持って行くのを忘れずに。

振り向いちゃいけないってところが少し怖いんですよね。





それは葬儀の時にも。

まだ土葬だった頃、棺を埋めてお墓から帰るときに草履を脱ぎ捨て、後ろを見ないようにするという風習があった地域があるそうです。

家の近くまで帰ると草履の鼻緒をカマで切り、墓地に向かって蹴り飛ばすところもあったそう。

穢れを家まで持ち帰らないためのおまじないでしょうか。

現在のおまじないは、お葬式の後に塩で清める方法がポピュラーですね。




魔除けや厄落としのための話はまだまだあるのですが、別の使い方もあるようです。

高知市土佐山地区では、夜妖怪に会ったときは、左右の草履を腰の下にすけて(敷いて)いると、妖怪の本性が見えるといわれていたとか。

妖怪見破り機、的な?




仁淀川町吾川地区では、狸に化かされたとき草履を頭に載せたらいいといわれていたそうです。

現在でも真っ暗な山道を行くのは怖いです。

車でもそうなのですから、歩くとなるとビクビクするなと言われても無理です。

頭に載せたって効かんやろ、なんて笑ってても、真っ暗な山道ではあっという間に載せてしまう自分が想像できる・・・




草履の力は避けさせるだけにとどまらず、招くこともできたようです。

夜道で火玉や亡霊に遭った時は、左の草履を脱いでこれに唾を吐きかけて招くと寄ってくる、と多くの村でいわれていたそうです。

怖いから除けていたはずなのに、招いちゃってるし。

人って不思議なものですね 笑

招いといて怖くなって逃げるんやろうし。

そういえば、比江山の七人ミサキの話の中にもケチ火(火玉)の話がたくさんあって、「草履の裏に唾を吐いて招くと、一直線に近くまで飛んでくる」って書いてありました。




ここまで呪力のある草履ですが、今ではその力を知る人は少なくなってしまいました。

自分たちで草履を作っていた頃の話なのでしょうね。

藁自体にまじなう力があるという話もありますし、綯うという行為も気持ちが入りそうですし、そんなところからなのかな、なんて思いながら。

靴にその力があまり引き継がれていないように思いますが、その辺ももう少し調べてみなければ。




今気づいたのですが、88番目の記事を8月8日に投稿してしまった。

オシャレ〜♪(´ε` )



参考文献 : 桂井和雄さん著『土佐民俗記』『俗信の民俗』、坂本正夫さん・田辺寿男さん著『図説日本民俗誌「高知」』、国府村史


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