57. 蛇ヶ淵伝説と、白龍湖

 高知県の中西部にある津野町は、津野山古式神楽が受け継がれていたり、眺めが最高な天狗高原があったり、四万十川の源流があったりと、心くすぐられる町です。




そんな津野町をドライブしていて、ものすごく大きなタヌキの石像を発見!
しかも、『白龍湖』って看板もあります。

いや、看板は一つだけではありません。

しかも手書き。
すごく気にはなるんですけどーーー

『蛇ヶ淵』という看板まで。

これは行ってみなければ。







車を降りて『蛇ヶ淵』『白龍湖』までは、ちゃんと矢印をつけてくれています。
親切ですねえ。
看板での説明も、至れり尽くせり。

気が利いてます。

この気の利き方、まさか山猫軒ではありますまいな。




まず見えてきたのが『白龍湖』。

高知県で石灰岩といえば、小学校で習った鳥形山(とりがたやま)。

その近辺なので、似た地質なのでしょうか。

白い地質にきれいな湧き水で、青くて美しい!

湖(・・というより池)の上には橋もかかっていて、幻想的な池を上から楽しめるんですよ。

この橋も手作り感満載でスリリング!



白龍湖、本当はもっと青い・・・


『白龍湖』の向こう側に川が流れていて、『蛇ヶ淵』はこちらにあるそうです。
川原の石を積むことを推奨する看板があちこちにありまして、みなさんきれいに積んでいまして、この世感が薄れてくると言いますか・・・
少し歩くと、大きな岩の下に淵が見えてきました。




あいにく、晴天続きなので水かさが少なく、怖いというよりきれい。

本当は、もう少し淵の怖さがあるのかもしれません。




ここには昔、大蛇が住んでいたようですよ・・・・



蛇ヶ淵


この『蛇ヶ淵』、実は「じゃがぶち」ではなく「じょうがぶち」って読むそうです。

清らかな流れに現れる、不気味な淵だったようです。

この淵の主は、もちろん大蛇。




ある時は風を呼び、ある時は雨を呼び、通行人を苦しめ、部落の人を困らせ、しかも段々それがひどくなっていきました。

不安に怯えながら暮らす人々。

暮らしは貧しくなっていきました。




庄屋さんは、お祈りをしたりして手を尽くしましたが、淵の主の荒れ方は変わりません。

村の物知りの老人に相談して、「大田戸の源衆」という有名な猟師に頼むしかないということになりました。

大田戸(おおたど)は、『蛇ヶ淵』のある芳生野(よしうの)よりも奥まった所にある集落です。

現在は、太田戸と表記されています。

源衆さん、鉄砲名人として名をとどろかせていたのでしょう。




さすがの源衆さんも大蛇と言ったら来てくれないかもしれない。

そこで庄屋さんたちは、大鹿とウソをついて頼んだのでした。




愛犬の黒と、愛用の十二匁筒を持ってやってきた源衆さん。

淵の近くで黒がうなり、ただならぬ雰囲気を感じ、水面に銃を向けたまま七日間。

とうとう大きなケヤキに、真っ赤な口をあけた大蛇が巻き付いて現れました。

源衆さんは「南無八幡大菩薩」と唱えて、猟師の最後のきめ玉を打ったのです。

黒雲が現れ嵐が起こり、これが大蛇の最期となりました。




その後、庄屋さんたちの指揮の下、大蛇は三十三に切られ淵の上流の川原で焼かれました。

七日七晩燃え続けたそうですよ。

大蛇を焼いたところは、黒くなっていて今も草木が生えないといわれているそうです。




蛇ヶ淵の中ほどから大ケヤキに向かって、大きな岩に割れ目が続いているらしく。

それは、大蛇が通った跡なのだそうです。




源衆さん、ウソをつかれたことに怒ったとか、最初から見抜いていたとか、その辺りは諸説あり的なことになっています。

最後のきめ玉を打ってしまった源衆さん、猟師をやめてしまったみたいです。

きめ玉を使うと猟師をやめなくてはならないんですね。




源衆さんの十二匁筒ですが、「安産のお守り」として少しずつ削りとられて、今では銃身だけが残っている、と締めくくられています。

削りとって、お守り袋に入れるのかしら。

いやいや、別の本には、犬神に憑かれた時に銃身を削って飲むと良い、なんて書かれています!

妊婦さんも飲んでいたんでしょうか?

いやいや、お守り袋でしょう・・・




白龍湖ワンダーランド、他にも伝説を描いてくれている看板がいくつもあって興味深かったです。

白龍湖、一見の価値アリ。

手作り感満載なので、小さいお子様には不向きな箇所もあるのでご注意を。

ワンダーランドからの天狗高原、気候の良い季節にドライブにおすすめです!



天狗高原からの眺め


参考文献 / 東津野村史

     桂井和雄さん著『土佐の伝説』

     白龍湖の看板


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