1999年3月1日から4日までの四日間
民間信仰『いざなぎ流』の大祭「日月祭」が、執り行われました。
物部村(ものべむら/現在は香美市)で古くから受け継がれてきた『いざなぎ流』。
陰陽道、神道、仏教などが入り混じった、土着の民間信仰です。
起源ははっきりしないそうで、平安時代末期までさかのぼるのではないかと言われています。
しかし、過疎や高齢化の波は、物部村にも。
最後の大祭になるかもしれないと、公開してくれる事になりました。
なかなかのご決断だったのではないかと思います。
見逃すわけにはいかないと、全国各地から研究者の方たちがいらしていたようです。
のどQは、京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』や『魍魎の匣』などで陰陽師なるものを知ったクチだったような気がしますが、昔のことなので曖昧。
とにかく、陰陽道?大祭?行く!
くらいの、好奇心のみで見学させてもらいました。
初日から三日目までは、御幣や調度を準備、村内のあらゆるところに宿る神様をお祭りして、祭典に備えたのだそうです。
そして、四日目。
祭典は、市宇の十二所神社で行われます。
到着した時には、神社はたくさんの人で賑わってました。
あいにくの雨で、神社の階段もよくすべります。(というか、すべってこけたらしいけど覚えていない)
傘が手放せない、寒い夜でした。
御祈祷は、祝詞も真言も入っている感じが不思議だったのを記憶しています。
リズミカルな太鼓に合わせて、とにかく揺れる。
フッサフサに紙を飾ったかぶりもので、顔も見えない人たちが揺れる揺れる。
絶対トランス状態!と、覚えたての格好いい言葉を使ってみたりして。
同じリズムの中でずっと揺れていたような印象です。
祭典の途中、ふと前の人を見ると、指なしの革手袋をしています。
これは、京極先生のトレードマークでは・・・
いやしかし、まさか、ここに?
そうだろ、違うだろを何往復かして、声を掛けてみるとご本人でした。
大興奮で写真を撮ってもらって、今でも宝物です。
今でこそ『いざなぎ流』の本なども多数出ていて情報も入りやすいのですが、当時は知られてないことも多く。
しかも、不勉強なこともあり、『日月祭』が何時まで続くのかもわかりません。
なので、ある程度のところで帰ることにしました。
神社を下りたところで、地元の女の人たちが裏方のようなことをしていたのだと思うんですが、帰ろうとするのどQ達に、
「もう月は出ましたか?」
と聞いたんです。
雨降っているし。
日照時間も短そうな山間は、月の出る時間も限られていそう。
でも、当然のことのような口調で聞かれたのを覚えています。
「いや、出てないですよ。」
そう答えて神社を後にしました。
次の日だったと思うのですが、祭りの終わりに月が出たというニュースを見て、ゾーっとしました。
あの状況で月が出るとは思えない。
『日月祭』というだけあって、月がポイントになるお祭りなのでしょう。
いや、だからといって、本当に月が出るなんて・・・
古くから続く信仰の底力を見た気がして、トリハダが止まらなかったです。
2021年の十二所神社(市宇) |
そして、22年ぶりに十二所神社に行ってみました。
あの夜の熱気に満ちた雰囲気と、誰もいない昼間の神社は全く違う印象でした。
奥物部美術館の『いざなぎ流御祈祷』展も見に行きました。
ぼんやりとしか理解していなかった『いざなぎ流』が、とてもよく分かる展示でした。
無宗教だと言われる日本、でも信仰みたいなものを感じることがあります。
アクシデントが続くと、「お祓いしてもらいや」という人が必ずいます。
八百万の神がいて、侵してはいけない場所があります。
節目のイベントは、日を選びます。
宗教とまでは思われていないけど、根底にあるもの。
教えられたわけでもなく、身近にある畏れとか敬いの気持ち。
それに近いものを『いざなぎ流』の説明を読んで感じました。
日本の信仰の根っこが見えるような気がしました。
ハマると抜け出せそうにない、いざなぎ沼。
御用心ですよ。
参考資料/高知新聞(1999年3月9日分)
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