なんだか凄い、月山神社

 前々から行ってみたかった、大月町の月山神社に行ってきました。

役小角が、この山で月形の霊石を発見して祀ったのが始まりと聞き、俄然興味がわきまして。
しかも、パワースポットだとか!?
民俗心をくすぐられまくりです。
いつものように、特に下調べせず出発しました。



しかしながら、思っていた以上の山道。
古いナビが教えてくれる道は、行き止まり。
スマホは圏外。
下調べって、大事ですね。

山の中に突然現れた神社は、まさかのポツンと一軒社。
昔々なら、何かに化かされてるかもと疑うところです。



お社が二つあり、ひとつは月山神社、もうひとつは大師堂です。
神社に大師堂・・・そう明治の廃仏毀釈まではお寺。

『守月山月光院南照寺』という真言宗系のお寺だったのだそう。

そして、八十八ケ所の番外札所なのだそうです。

八十八ケ所というのは、弘法大師が定めた印象ですが、諸説あるようですね。
もちろん、弘法大師は深く関係しています。
四国は昔から修行の場だったらしく、弘法大師も回られて修行しておられたそうです。

後の世になって大師ゆかりの地の中から八十八ケ所を選んで回るようになった・・・とかなんとか。



八十八ケ所以外の修行の場が『番外札所』になるのですね。

『別格二十霊場』と呼ばれる番外札所もあるらしいのですが。
別格って何だろう?素朴な疑問。

ちなみに、月山神社は二十霊場に入っていません。


番外札所と呼ばれるところは、二十といわずあるようです。
月山神社は、番外札所と聞いて納得させられる雰囲気。
番外札所、気になります。

八十八ケ所めぐりながら番外札所もめぐったり、札所めぐりを終えてから番外札所をめぐったり、色々のようです。


お遍路道保存に、大月小学校の生徒さんたちが毎年手入れをして、メッセージボードを取り付ける活動のニュースを見たことがあります。
すばらしい取り組みだと思います。
車でも心細くなる山道、たのQもメッセージボードを見つけて励まされましたよ!



弘法大師とのゆかりは、大師が月形の霊石の前で二十三夜の月待の密供をしたことにあるそうです。
月待って、現代ではほぼ聞いたことがないですね。




月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事である。(Wikipediaより)

大師の場合は密供なので、みんなでって事ではなかったんでしょうか。
月待行事と月のことが分かりやすく書かれてました。↓
https://tenki.jp/suppl/m_nakamura/2016/01/01/8561.html



さて、弘法大師も拝んだとされる霊石は、本堂の裏の山をちょっと登ったところに鎮座されておられるそうです。
どうやらこの霊石にパワーがあるらしく、浄化されるらしいですわよ。
でも、坂の途中にレプリカの石があるらしいので、お間違えないように。


間抜けなたのQは、本堂の表、鳥居横の月形石を見てありがたがって帰ってきましたが、あれも別物なんだって。
月形の石だらけですわよ。
霊石まで行かれる方は、蛇などに気をつけてくださいね。


鳥居の横の三日月石。御神体じゃないので、ご注意!



そして、霊石の台座になっている岩の側面に、化石漣痕が現れているんだそうです。
化石漣痕とは、水中の堆積土が波などの影響でなみなみした形のまま固まって化石になったもの。
これが見たくて、鳥居横の石の台座をしげしげと眺めたけれども、これではないということしか分からず。
スマホで見ればいいんですけどね、自力で探す!とか思ってしまって 笑



一説によるとこの霊石、姫の井地区の方々が祈ると聞き届けてくれるけれど、他の地区の方が精進せず祈ると悪いことが起こるとか・・・
でも、この辺り一帯の方々から『お月さん』と親しまれている神社ということなので、もう姫の井限定というわけではなさそうですね。
大漁祈願や家内安全など、昔も今も慕われている神様だそうですよ。



役小角、弘法大師、月形の霊石に化石漣痕・・・・

こんなに情報盛り盛りだとは。
神社の説明の看板も、1枚では収まっていなかったわけです。




行きは国道321号線沿いの、姫ノ井の旧小学校のあたりにある『奥谷』というバス停を山の方に入ったんですが、これはかなり山道でした。
もう少し、海の近くまで国道321号線を走り、『大浦分岐』というバス停を入る道の方が楽でした。
まあ、こっちも山道なんですけど、おすすめはこっちです。
行かれる方は、お気をつけて。



参考文献:國學院大學民俗学研究所刊『民俗採訪』

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