高知県の各地に『古杣(フルソマ)』という怪異の伝説が残っています。
深山で寝ていると、真夜中に大木を倒す音がするのだそうです。
ノコギリの音、かけ声、そしてドシーンと木が倒れる音。
次の日に、音のした辺りに行ってみても大木を倒した気配は全くない、というものです。
例えば、大月町。
『・・・ある夜西泊浦で、大木を倒す音を聞く。
翌日、人をつかわして見つけさせたが、木を切った形跡なし。
杣人が倒した木に打たれて死したる亡霊のなすことなり。』
土佐市の蓮池では───
『夜、山中にて大勢して大木を伐る音す。
人に害をなさず。』
特に姿を現すわけでも、悪さをするわけでもない、音の怪異『古杣』。
細かくいうと、山師の中でも木を伐って枝を切り落とし丸太にするのが、杣(そま)なのだそうです。
木こりさん、という認識で大丈夫だと思います。
杣は、少しのミスが命の危険につながるような仕事です。
山で亡くなった杣をお祀りしなければ『古杣』になるのだとか。
(吾川郡いの町吾北)
別の説では───────
杣が線を引く時などに使う墨差しという竹べらのような道具と、墨を入れた墨つぼ。
これを、杣が山の中に忘れてしまうことがあります。
そこに、山で亡くなった杣のさまよう魂が合わさって『古杣』になる、ともいわれています。
(本川村桑瀬)
フルソママツリなるものも各地で毎月行われていたようです。
不慮の死を遂げた杣の霊を祀るのだそうです。
『古杣』にしないためなのですね。
林業の人手不足をよく耳にするので、この習わしが現在も行われているかは分かりません。
さて、山師のことに興味を持ったのは、『斧の七ツ目』が魔除けであるという話を知ったからです。
七ツ目とか魔除けとか、キーワードのパンチ力が、もう。
斧の表に三ツ、裏に四ツ刻みを入れる、これが魔除けになるのです!
命をかけている斧は、神聖な道具として崇められているそうです。
山の神から木をいただくので常に神を意識しており、不注意に紛失したりすると祟りがあるのだとか。
斧、墨差し、墨つぼ・・・山の中では、失くし物注意ですね。
高知県の民俗を書き残してくださっている伊与木定さんという方がいるんですが、採集された伝説の中に七ツ目の手斧が出てきます。
手斧は、斧より少し小さく片手で作業ができます。
チョーナって読むんですってよ。
ある山師が雨降りなので山仕事を休み、山小屋で道具の柄を削っていました。
そこに、子供を抱いた女の人がやってきて、さかんに子供を泣かせるのです。
「なぜその子は泣くや?」
「この子は、お前が削りよる鉋歯(かんなば)を食いたいと言うて泣くじゃあ」
「そんなら鉋歯をやる」
子供は、鉋歯をむしゃむしゃ食べました。
しかし、食べ終えても泣き止みません。
「なぜその子は泣くや?」
「この子は、鉈(なた)が食いたいと言うて泣くじゃあ」
「そんなら鉈をやる」
子供は、鉈をむしゃむしゃ食べました。
しかし、鉈を食べ終えても泣き止みません。
「なぜその子は泣くや?」
「この子は、手斧が食いたいと言うて泣くじゃあ」
「そんなら手斧をやる」
すると、子供は堅くて食えんと投げ出してしまいました。
ちょうどそこにお坊さんがやってきて、女の人と子供を追い出しました。
「手斧を食べ終わったら、次はお前が食われるところじゃった」
手斧に七ツ目の切り返しがあったので、それが魔おどしとなり助かったということでした。
かざってある手斧には、ちゃんと七ツ目が刻まれていました。
人間では敵わないものがある、しかしこれが自分の仕事だと、腹をすえて暮らしていた人々の記録だと思いました。
参考文献:
辻隆道さん著『山子の民俗誌』
広江清さん編『近世土佐妖怪資料』
桂井和雄さん著『俗信の民俗』
坂本正夫さん・高木啓夫さん著『日本の民俗・高知』
コメント
コメントを投稿