「私を車に乗せてください」



たのQが小学生だった、ある夏休みのこと。
珍しく祖母が怖い話を仕入れてきました。



その頃は夏休みになると、お昼の番組内で『あなたの知らない世界』という怖い話を再現したコーナーがありました。
かぶりつきで見ては、夜トイレに行けなくなる小学生続出のコーナー。
なので、祖母の怖い話なんてノリノリで聞き入ります。



ある夜のこと。
隣に住んでいるテル(当時30代か)が、峠のバス停ところを車で通りかかったら、女の人が手をあげています。
当時も今も、夜はほぼ人が歩いていないようなところ。
車だって、ちらほらだったと思います。
車を停めると、乗せてくれませんかと言うので乗せてあげました。
少し車を走らせながら話しかけても返事がない。
おかしいと思い、バックミラーを見ると誰もいません。
振り返っても女の人は居らず・・・
ただシートだけがぐっしょりと濡れていました。




今になると、よく聞く話やんって思うんですけどね。
小学生にとっては、初めての身近な人の体験談。
知ってる場所で、お隣の人が幽霊を車に乗せたなんて!
怖くて怖くて、鳥肌ブツブツ。
その場所を通る度に、目を閉じてナムアミダブツブツブツですよ。


小さな田舎町なので、噂はあっという間だったと思います。



そして、好奇心を抑えきれなくなった祖母は、とうとう隣のテルに問うてみたそうです。
幽霊を乗せたのか、と。
返ってきた答えは、ひとこと。



「オラァそんな話、知らんぞ」



本人だけ置いてきぼりにして、まるで本当かのように語られていた怪談話。
ものすごく怖がっていたのに、拍子抜けです。
まさか、本人が知らないなんて。



無責任に広がっていく噂話。
幽霊より噂話の方が怖いのだと、その頃は夢にも思いませんでした。

怪談話の中には、こんないい加減な噂から出来あがったものもあるんだろうなと思うのです。





ところで、この手の怪談話は世界各地にあるのだそうです。

初耳。
まさかのワールドワイド ゴーストストーリー。



日本では、タクシーが定番ですよね。
アメリカやドイツになると、『消えるヒッチハイカー』と呼ばれる怪異になるそうです。
車に乗せた女の人が消えるという筋書きは同じですが、手段はヒッチハイク。
お国柄ですね。




面白いことに、アメリカでは19世紀末にはすでにこの怪談は語られていたそうで、その時の乗り物は馬車や馬の背だったらしいです。
イギリスやドイツでも、馬車に乗せる話が残っているとか。
起源を遡れば、ヨーロッパの旅人の伝説まで行き着くという話もあるそうです。



中国では、一緒に歩いていた娘さんが消えてしまうんですって。
まさかの乗り物無しバージョン。



日本の古い話では、17世紀の怪談集『諸国百物語』に出てくるのだそうです。

その頃は江戸時代、乗り物といえば駕籠。

昔のタクシー、ですよね。




国や時代によって、乗り物が変わる。
でも話の筋は、変わらない。

皿屋敷などみたく同じ形態の人が現れるのではなく、幽霊が時代に合わせてアップデートされているのが面白いところです。




端折ってますが、この話は大体悲しい結末で終わります。
家に帰りたかった女性が、幽霊になって帰ってくるというのが多いようです。



何世紀も受け継がれる怪談。
きっと、人の心をつかむ何かがあるのでしょうね。

小さな田舎町で、「あそこのテルが乗せたらしい」という話ができてしまうくらいですから。




参考文献:朝里 樹さん著『世界現代怪異事典』

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